労働人口の減少とともに人の採用は難しくなっています。一方でコンタクトセンターに求められる役割は多様化し、運用のハードルは上がり続けます。センターの現場にはたくさんの課題がありますが、これを人海戦術で解決し続けるのは容易なことではなく、センターの維持すらできなくなるリスクがあります。それを解決するための、ナレッジマネージメントの方法論や手法について解説します。
コンタクトセンターの現状
労働人口の現象とともに人の採用は難しくなっています。コロナ禍で、一時的には退職率は下がるも、基本的には売り手市場の傾向は続きます。そのため、人々は給与と比較して難易度の高い仕事を避ける傾向にあり、それが採用と採用し経験をつんだオペレータの維持を難しくします。一方でコンタクトセンターに求められる役割は多様化し、手順に基づいた簡単な問い合わせや手続きをするだけではなく、専門知識に基づいて複雑な問い合わせに応じたり、事象診断して解決案を提示したり、非対面接客を通じてマーケティングや売上に貢献したり、顧客接点の重要な機能としてその役割は高度化し続けます。
センターにはそれらに対応しなければなりませんが、現実には多くの課題を抱えています。
管理者側の視点にたてば、
- 初期離職率が高い
- 新人のパフォーマンスが伸びない
- 平均処理時間が短縮できない
- エスカレーション率が高い、一次解決率が低い
- オペレータの対応が均一でない
自己解決と自動応答の対応は重要ですが、乗り越えた対応は高度化するため、オペレータの負担は増大します。
オペレータ側の視点にたてば、
- 覚えることが多すぎる
- 回答に時間がかかる
- 応対するのが難しい
- プレッシャーがかかる
- やめて、他の仕事をさがそう
などの声が聞かれます。伝統的なセンターでは、初期教育に始まり、追加トレーニング、応対品質管理、OJTなど、さまざまな手段で人を育成し、これらの問題を解決してきました。しかしその人海戦術も限界に来ています。今までのやり方では、運用コストが増大するリスクに加えて、センター継続性さえ脅かされる現実があります。
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ナレッジ・マネジメントによる課題解決
それを解決する重要な考え方が、ナレッジマネジメントです。古くて新しい言葉ですが、センターと労働市場の現実から、課題への解決案として注目され、多くの企業がかつてない温度感でその考え方を取り入れてはじめています。ナレッジ・マネジメントとは、属人的で人頼みだった運用を、内部ナレッジの整備によって可視化し、センター業務を改善・改革するための、一連の方法論や手法のことです。それによって、オペレータペレータ負担を下げ、暗記量を減らし、ナレッジ支援を前提に業務を組み立てなおすことで、業務を標準化します。結果として、誰がやっても、適正コストで、一定の品質で、課題に対しナレッジ強化で対応するセンターが実現します。
そこで、ナレッジの状況をみてみると、
- 必要なナレッジコンテンツがそろっていない
- ナレッジが検索できない
- 検索しても欲しい情報にたどりつかない
- ナレッジツールは立派だが、コンテンツが充実していない
- ナレッジをメンテナンスする人手がいない
- ナレッジをメンテナンスするルールやプロセスが確立されていない
- ナレッジのカバー率は上がっても、活用率が下がってしまう
- 内部で使うナレッジと外部に公開するFAQが連携していない
- 他部門と連携できておらず、ナレッジコンテンツが陳腐化する
など、改善に向けて動き出したいが、どこから手を付けていいかわからない、ナレッジを作るが、かえって情報が錯綜して業務効率が落ちることさえあるのです。
ナレッジマネジメントのセンターへの導入は、思いつきのアクションでは効果がでず、体系だったノウハウが必要なのです。
ナレッジマネジメント導入方法論のポイント
ナレッジマネジメントセンターに導入するには、科学的なアプローチと現場のノウハウの双方に配慮した方法論が必要になります。ここでは、KCS(ナレッジセンターサービス)と言われるグローバルの方法論と、当社が運用で培ったノウハウをあわせた、ナレッジマネジメント方法論について解説します。成功のポイントは、コールリーズン分析と5つの視点です。
- コールリーズン分析
- 5つの視点
- コンテンツ
- ナレッジ型運用
- ナレッジチーム
- ナレッジKPI
- ナレッジシステム
それぞれのポイントを解説します。
コールリーズン分析
まず、コールリーズン(チャットやメールの解析を含む)分析により、コンタクトセンターへの問合せ内容をすべて可視化します。問い合わせに対するやりとりの中に、業務改善に向けたすべてのヒントがあるからです。
分析のためのテキストを準備しますが、理想は音声認識システムによって、すべての問い合わせがテキストデータとして蓄積されていることです。音声データしかない場合は、バッチ音声テキスト化という技術があり、一括して音声データをテキストに変換します。応対履歴も場合によっては利用可能ですが、生のやりとりがもれなく記述される運用になっていることが条件です。箇条書きやポイントだけを絞った、備忘録的な使いかたで作成された応対履歴は、分析には利用出来ません。また、デジタルチャネル対応のセンターであれば、チャットログやメールログはそのまま活用できます。
次に、テキストマイニングツールを使って、クラスタリングを実施します。さまざまなツールが出ていますが、単語単位の分析しか出来ないものは避け、会話単位で話題を分類できるものを選びます。また、今の技術では、文脈を理解して完全自動で話題の分類やQ文(質問文)の抽出ができるものは、宣伝文句はともかくないと考えた方がよく、必ず有識者による目検のチェックを組合わせ、その結果をルールとして追加すると分類が最適化されるような、マニュアルチューニング機能が充実したツールが最適です。当社では、主にVEXT Miner を使っています。
分析が終わると、問い合わせは大きく分けて
- 質問と回答が明確:一問一答型
- 簡単な対話や複数FAQを通じて答えが出る:簡易シナリオ型
- 厳密な流れが定義され、基幹連携も含む:プロセス型
- 有人チャット対応に必須、型化不可のすべてのナレッジ:有人チャット型
- 有人コール対応に必須、型化不可のすべてのナレッジ:有人コール型
に分類されます。1、2、3は、自己解決促進のために、外部に公開されて利用されることが基本ですが、一部センターでも利用され、ナレッジマネジメントにも活用されます。
4、5の有人対応が必要な複雑な型を、以下に標準化するか。これがナレッジマネジメントの主な対象となります。
コンテンツ
コールリーズン分析の結果から、コンテンツ方針を定めます。業務発生頻度と業務難易度を軸に、さまざまな視点から整備すべきナレッジの優先度と整備目標数を決定し、それを既存ナレッジと突き合わせてカバー率を可視化します。そして、不足しているナレッジを追加し、不必要なナレッジは削除するなどの方針を決定します。今あるナレッジは、検索性を考え粒度をそろえてバラバラに分解、新規ナレッジ作成に必要な素材も準備します。
ナレッジ作成には、視認性にこだわることが重要です。見やすさ、わかりやすさ、情報量を考慮し、フォーマットを標準化し、作成手順を厳密にガイドラインとしてまとめます。ガイドラインには、フォントの大きさ、色、表の種類、タイトルの付け方、インデント、コンテンツの位置、情報量の範囲などを決めます。ノウハウのあるベンダーからガイドを受けたり、過去のナレッジを分析して、課題を取りまとめて、わかりやすいナレッジを作成する手順を具現化します。コンテンツの作成・修正に当たります。
こうして出来上がった新しいナレッジに、必要に応じて簡単にアクセスできるようにするため、情報を付加して再分類し、インデックスから階層をたどれるようにします。また直接検索しやすいようにキーワードを追加したり同義語を登録したりします。プロセス型業務の場合、トークスクリプトに合わせた親ナレッジ作成して、会話に連動して、子ナレッジへとリンクを張ると、業務効率化に非常に有効です。また、システムが対応している場合、応対フロー型ナレッジによる、業務サポートも利用することが出来ます。
ナレッジ型運用
ナレッジが整備されても、既存の属人的運用のままでは効果は限定的です。コンタクトセンターの運用も、ナレッジがある前提の運用に大胆に切り替えることが重要です。具体的には、「辞書持ち込み型の試験」のようなイメージで、暗記量を減らして、必要に応じてナレッジを参照して対応するように業務を変更します。まず、暗記量を減らし、トレーニングの量を減らし、デビュー基準のハードルを下げ、必要に応じてその場でナレッジを調べて回答できるようにします。問題がある応対を分析し、人の育成よりも、ナレッジを強化して課題に対応します。スキルも、ベテランの属人的な対応を目指さずに、ナレッジを使った全員均一の対応を優先するのです。
その結果、ハイスキルオペレーターにしかできなかった対応が、多くのオペレータで対応できるようになり、新人の成長も早くなり、逆にベテランの領域に到達する時間も早くなります。また、副次的効果として、勘に頼りがちなベテランの、記憶違いによるミスを撲滅することも出来ます。
ナレッジチーム
ナレッジは作ったら終わりというものでなく、状況に合わせて継続的な改善が必要です。製品やサービスの変更、市場環境の変化、お客様リテラシーの向上、キャンペーン施策、 ライバルの動向などに応じ、案内される内容は日々変わります。また、利用しているオペレータからの改善への要望、ミスの発見、ナレッジの追加依頼、うまくいかない検索などに耳を傾け、ナレッジを改善し続けます。要望すればきちんと対応してくれる文化がセンターに根付くこと、ナレッジ運用の定着化にも寄与します。
そのために必要なのが専任のナレッジチームです。ナレッジチームは、あらかじめ決められたナレッジ KPIをトラッキングしナレッジの課題や強化ポイントを発見します。現場からの要望を受け付け、それらを総合的に分析した上で改善の優先度を決めます。必要のないナレッジは削除し、利用シーンに合わせてナレッジの分割や統合、利用率が上がらないチームにはナレッジ運用の定着化支援も実施します。実施された改善は、KPIの変化を見ることで、その有効性を検証します。
ナレッジチームには、業務知見も重要ですが、科学的アプローチにもとづき、情報を整理して提供する、論理的な思考が必要になります。そのため、あえて業務知識のない分析に強いメンバーを入れたり、外部ベンダーを入れることになってチームを強化します。属人的運用を変えようせず、誰にでもできるナレッジ運用に批判的なベテランをあえて配属し、そのノウハウを形式知化することが有効な場合もあります。
ナレッジKPI
ナレッジチームは、3つの視点のKPIのを管理します。コンテンツ評価、ナレッジチーム運用の評価、コンタクトセンター運用評価です。
コンテンツ評価では、コンテンツそのものが充実しているか、利用されているか、簡単に検索可能かどうかをみます。
- ナレッジ数
- ナレッジ総数
- ナレッジカバー率
- ナレッジ利用
- ナレッジ利用数
- ナレッジ検索数
- ナレッジヒット率
- 頻出キーワード
- ナレッジ有効性
- ナレッジ内容評価
- ナレッジ解決数
- 改善要望数
ナレッジ運用評価では、ナレッジチームのサービスレベルをみます。ナレッジを充実させるために、ナレッジチームが非効率な運営をしていては本末転倒ですし、逆にチームが小さすぎて、課題や要望にタイムリーに答えられないと、ナレッジ・マネジメントが失敗してしまいます。
- 改善対応サービスレベル
- 改善受付数・対応数
- ナレッジチームコスト
- ナレッジ作成・更新数
- オペレータ満足度など
最後は、コンテタクトセンター運用評価です。センターの抱えた問題を解決するために、ナレッジ・マネジメントを導入したのですから、その効果がでているかどうかを、以下のようなコンタクトセンターKPIの変化をみることで検証します。
- AHT・ACW
- 応答率・呼損率
- 一次解決率
- 退職率
- 研修期間
- 従業員満足度など
ナレッジチームが、ナレッジKPIをトラッキングして、ナレッジやナレッジ関連プロセスの継続的改善を行うことが重要です。
ナレッジシステム
ナレッジマネジメントのコンセプトは、ナレッジシステムには依存しません。以下の要件さえ満たせればどのようなシステム上でも実現可能です。
- QA/非QA型などの多様なナレッジ型への対応
- リッチテキストを扱え、ナレッジ間で自由にリンクが貼れる
- インデックスやカテゴリーなどを使ってコンテンツが整理できる
- キーワードやあいまい検索に優れている
- ナレッジKPI取得
- できれば応対履歴と解決したナレッジの紐つけが可能
- 外部FAQなどの公開ナレッジと容易に連動する
一方で、市場を見ると、外部FAQ向けのナレッジシステムは多数ありますが、このような機能に対応しているシステムは、まだ選択肢が少ない。そのため、特に制約がない場合、KCSに準拠したナレッジ機能を提供できる、Salesforce Service Cloudを推奨しています。
その場合、さまざまな導入パターンが考えられます。
1つめは、新規構築です。CRMシステムとしてSalesforceを導入すると並行して、そのナレッジ機能を利用してナレッジマネジメントを導入します。
2つめは、すでにSalesforceが導入されているが、ナレッジ機能を使っていないか、使い込んでいない場合、その設定の最適化を含めて、ナレッジ・マネジメントを導入します。
また、すでにCRMシステムや基幹システムあり、その機能は使い続けながら、Salesforceのナレッジ機能のみを、ライセンス料を節約しながら部分利用も可能です。同等機能が提供される別システムの利用、カスタム開発された独自システムを利用する場合、あらかじめコンセプトを実現するための機能があるかどうかを、十分検証してはじめることが必要になります。
その他の視点
自動応答への応用
コールリーズン分析の結果をもとにしたナレッジマネジメントについて解説してきましたが、前述の1、2、3の型については、その分析により外部FAQの最適化や、チャットボット、ボイスボットのシナリオ構築にも使えます。この方法については、別記事にて詳細に解説します。
対象のセンター規模
ナレッジマネジメントは、大規模センター向けととらえられがちですが、10席程度の小規模から50席程度の中規模センターまで、幅広く対応することができる手法です。特に、在宅で業務する機会が増える市場環境においては、ナレッジの充実によるオペレータの一次解決率向上は、業務の効率化と品質向上に大きく影響します。
ナレッジ・マネジメントによる投資対効果
一部KPIの中で、効果を検証する方法について述べました。ナレッジマネジメントをセンターに導入したときの、投資対効果の詳しい考え方については、別記事にて詳細に解説します。
まとめ
労働人口の減少とともに人の採用は難しくななり、一方でコンタクトセンターの運用のハードルは上がり続けます。これを人海戦術で解決し続けるのは容易なことではなく、センターの維持すらできなくなるリスクがあります。それを解決するのがナレッジマネジメントです。属人的で人頼みだった運用を、内部ナレッジの整備によって可視化し、センター業務を改善・改革するための、一連の方法論や手法のことで、導入には、コールリーズンと5つの視点が重要です。導入に成功した結果として、誰がやっても、適正コストかつ一定の品質で、課題に対しナレッジ強化で対応するセンターが実現します。
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