働き方改革や感染症対策などの影響によりお問い合わせ対応の自動化はその重要性がますます高まっています。今回は、その自動化を1か月弱という短期間で実現した事例をご紹介し、どのような取り組みを行うことで短期間に導入が実現できるのか、ポイントを解説していきます。
なぜ短期導入が求められたか
はじめに、ご紹介するプロジェクトでなぜ短期で自動化ソリューションの導入をしなければならなかったのかという点についてお伝えしておく必要があります。
今回、期間限定のとある公共事業に関するお問い合わせを自動化するという目的のもと、このプロジェクトが始動しました。
利用者からの関心が高い事業であったため、当社で受託していたコンタクトセンターには想定以上の入電が殺到していました。一方で、入電内容のほとんどは利用者の属性によらない一般的な問合せが占めていました。そこで利用者の利便性向上、現場への負担軽減を達成するためにチャットボットによる自動化を1か月間という短期間で実現することが求められたのです。
また、その事業の進捗や方針に不透明な部分が多く、導入時点で要件をすべて確定することができない状況にありプロジェクトの大きな課題となっていました。
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導入に向けた取り組み
それでは今回の短期間でのチャットボット導入を実現したポイントについて解説していきます。
チャットボットの導入にあたっては、大きく分けて分析・設計・構築・導入・定着化の5つのフェーズがあります。まずは分析・設計のフェーズでの取り組み内容を見ていきましょう。
入電内容をもとにしたシナリオ設計
まずは、当社で受託しているコンタクトセンターに蓄積された入電データをもとにシナリオの設計を行いました。コンタクトセンターで利用していたFAQは約300件ほど。しかし実際の入電データを分析すると利用者からのお問合せはその一部に集中していることが分かりました。
そのため、チャットボットに掲載するコンテンツはコンタクトセンターでの参照数が上位かつ情報の更新の頻度が低く、個別の属性によらない回答が可能な内容に絞り込むこととしました。
また、コンタクトセンターのメンバーへのインタビューを行ったところ、利用者が電話口で質問する内容はかなり特定されていることが判明しました。
そのため、単純に利用者が質問を入力する一問一答形式だけではなく、よくある問い合わせを選択式として組み合わせるシナリオを設計しました。こうすることで利用者を選択肢に誘導することができ、テキスト入力による質問意図の揺らぎを軽減することができます。これはチャットボットの認識精度にも影響し、利用者の満足度を左右することになります。また、回答内容をコンタクトセンターで利用しているFAQをベースに、表現をチャットボット向けに最低限修正することで、大幅な工数の削減につながりました。
シンプルなデザイン
また、短期間で導入するためにはチャットボットのデザインもシンプルにする必要がありました。
そのため、アイコンは既存のシンボルマークを利用、カラーも設置HPと同系統とするといった、こちらも最低限の調整を標準のUIに組み込むことで短期間での構築を実現しました。
また、チャットボットのコンテンツでも画像による回答などは行わず、チャットボット上での説明が困難な内容についてはURLを掲載するといった工夫を行うことで、構築の工数を最小限としました。
これらの工夫をしたことで分析・設計のフェーズを約2週間という短期間で実施し、チャットボットの要件定義を終えることができました。
要件さえ確定してしまえば、あとは合意された内容をコンテンツとしてチャットボットに実装していくだけです。では、約2週間で実施した構築フェーズでの工夫についても見ていきましょう。
実際の応対シーンから学習データを整備
構築フェーズで工数のかかる学習データの準備についても短期間で実施するための取り組みを実施しました。
AIエンジンを搭載したチャットボットは、利用者が入力した質問内容をきちんと認識できるようにするために学習データを与える必要があります。そこで、コンタクトセンターを運用するチームへのインタビューを実施することで、短期間でよりリアルな内容を学習データとして整備しました。
ここで注意したい点は、チャットボットの導入を検討される際に製品自体の認識精度に目が行きがちですが、実施にはシナリオの精度と学習データの精度の掛け合わせが認識率を左右するという点です。今回の事例では、実際の応対に基づいたシナリオ設計と学習データを準備することで、短期間で高い認識率につなげました。
このような取り組みを行うことで、チャットボットの導入を1か月間という短期間で実現することを可能です。
ここまでは構築・導入までのフェーズでの取り組みをご紹介しましたが、こういった短期間での導入の場合、当初の時点では不確定要素が多く継続的にチューニングを行うことが大変重要となります。
それではここからは定着化のフェーズでの取り組みをご紹介します。
各コンテンツの参照数に応じたシナリオのチューニング
チャットボットの各コンテンツへのアクセス数を週次でトラッキングすることで、利用者の関心の移り変わりを可視化することができます。今回の事例では、選択式として利用者の目に触れる場所にあるにもかかわらず、参照数が少ないQAは一問一答形式とする、逆に一問一答形式のみのQAで参照数が多いものは選択肢として表示するといった形でシナリオを継続的にチューニングを行いました。
問合せ内容を分析したコンテンツのアップデート
また、一問一答形式で利用者が入力した質問内容をデータとして分析を行いました。選択肢から質問内容を選べる形式にも関わらず、わざわざテキストが入力されるということは、既存のコンテンツだけでは問い合わせ内容をカバーしきれていないと推測されます。そのため、入力された内容をもとに継続的にコンテンツの見直しや追加を行います。
導入当初はカバー範囲が比較的狭いということもあり、ある一定の範囲に内容が集中していたため、代表的なものを抽出していましたが、ある程度安定化してくるにつれ問い合わせ内容も多岐にわたってきました。そこで、VextMinerを活用した話題の可視化し、その結果をもとに継続的にチャットボットのコンテンツに反映しました。こうした定着化の取り組みによって利用者の自己解決率を高めていくことが可能となります。
このように分析・設計・構築のフェーズに工夫を行うことで導入までの期間を短縮しまずはクイックに導入するとともに、継続的なコンテンツの改善を行うことで利用者の利便性を向上を実現しました。
導入による効果
これまで見てきた取り組みにより1か月間での導入に成功しましたが、実際の効果がどうであったかについて整理します。
導入直後は、1日3万件近いアクセスがあるなど大きな反響がありました。瞬間的なアクセスの集中によりシステムに負荷がかかったものの、サービスダウンなどの大きなトラブルも見られませんでした。
また、シナリオの設計はシンプルであったものの、利用者の質問の意図を正しくチャットボットが認識しているかの指標である正答率は90%を超える水準を維持していました。しかし、利用者に向けたアンケートをもとにした解決率は40%ほどと、目標としていた水準には達していませんでした。
そのため、継続的なチューニングを行うことで解決率の向上を図り、導入から3か月で解決率を60%近くまで引き上げることに成功しています。
アクセス数自体は導入直後と比較すると、爆発的なアクセスの急増はみられなくなったものの、依然として高い水準にあるなど、関心の高さがうかがえます。
短期導入を成功させるポイント
では今回の事例から導き出される短期導入成功のポイントはどこにあるのでしょうか。
今回の事例からは以下の3つの点がポイントだと考えています。
単純な問合せ対応を目的とすること
短期間で導入までを実現するためには、シンプルなシナリオ設計であることが不可欠です。チャットボットを活用して、製品交換や予約の受付といったプロセスを自動化をすることも可能です。しかしそういった場合、外部システムとの連携が必要であることや、テストに工数がかかることから短期間での導入は難しいでしょう。
自動化を検討する際には、一般的な回答でも利用者の利便性を向上できる範囲に絞って実装することが重要です。
問合せ規模が大規模であること
加えて、大規模な問合せが見込まれる領域に絞ったチャットボットへの実装が重要です。問合せ規模が大きければ、導入当初に多少カバーできていない問い合わせの範囲が存在したとしても利用者の利便性を高めることが可能です。また、導入後に問い合わせ内容を分析することで、継続的に高度化を図ることができます。
継続的なチューニングを行うこと
また、短期間で導入を行うため導入後も継続的にチューニングを行わなければ利用者の利便性は高まっていかないでしょう。継続的なチューニングを行っていくためには、各コンテンツへのアクセス数やシナリオ上の離脱ポイントを可視化できるツールを選定することが必要です。
また、必要に応じてコンタクトセンターでのVOC分析や、チャットボットのログに対するテキストマイニングなどの専門知見も重要となります。
まとめ
チャットボットの導入にあたっては、AIの性能に関心がいきがちになります。しかし、実際にはむしろこれまで見てきたように学習データやシナリオの精度、継続的なコンテンツの改善が重要です。これらはコンタクトセンターの運用で蓄積される知見を活用することが可能です。ベンダーを選定する際にも、チャットボットの製品としての性能だけでなく、こういったノウハウを提供できるかどうかも重要なポイントになるでしょう。
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